VALUE LIFE

生命を大切にする観点から、私の記憶、体験、知識などを綴ります。

全部幸せなんだと考える

浴室の窓にカビを見つけてしまった。

 

普段の掃除も、それほどきちんとできていないので

初めてのことではない。

 

 

けれども

ここのところ 家事が手いっぱいに感じるほど

気持ちに余裕がなくなっていた。

 

しかも浴槽にお湯を張っている最中である。

 

取り急ぎ

消毒用アルコールで できる限り拭き取った。

 

 

気持ちに余裕がなくなっていたのは

周りの事情や体力的なゆとりのなさはあるのだが、

自分の時間の使い方も雑になっていたのだと思う。

 

 

ものの捉え方や考え方の癖が思い込みになって

日々の感情は一定の時間固定されるから

気づいてどこかの時点で入れ替えていかないと

わたしは長時間苦しむことになる。

 

 

気分を変えるための行動や

楽しむためのエンタメコンテンツ

 

自然に触れてみたり

動物と居てみたり

 

体を動かす喜びを感じるための縄跳び

空気を一掃する拭き掃除

 

そして

自分の気持ちや感情を見て考える時間

自己整理の時間。

 

 

意識してこれらの時間を過ごしてみるのが

昨日はとてもよかった。

 

 

 

生きているんだということや

今自分がこれをしているんだということを

いつの間にか認識しなくなっていて

自分の感覚は何かに紛れて

価値を感じなくなっていたようなものだった。

 

 

小さなことでも自分が幸せを感じられることを

することは いつも有益で大切なことだ。

 

 

その結果

寝る時間には小さな幸せ感をたくさん持っていた。

 

 

そして

現実を見つめる時の緊張感や迷いや不安定さを

振り返っても それらの中にも幸せが含まれていると

感じているし知っていることに気づいた。

 

 

思い切って言うと

全部幸せの一つ一つのようなものである。

 

 

体調を崩したり、気持ちが乱れたり、余裕がなくなったりで

幸せの部分だけ見えなくなってしまう。

 

 

思い切ってさらに

全部幸せなんだと考えてしまったら

自分の中で言い切ってしまったら・・・。

 

と、そのまま

今日の幸せだったことを書き出してみた。

 

 

一つ二つと書きながら、

次な何があったかと考えていると、

心は恐る恐る 

それ、幸せって言ってもいいのかなあということまで

出してくる。

 

・・・たしかに 幸せに入れて良いことだ。

と、書き加えていく。

 

 

そうしているうちに

浴室の窓枠にカビがあったことさえ

幸せなんだということに入ってきた。

 

 

理由は

カビを気にすることのできる余裕、

カビがあったからすぐに掃除できた、

そういう生活の落ち度を気にできるのは平和である。

 

 

全部を幸せだと決めてみた世界に浸かってみて、

あれほどに余裕をなくしていたわたしは

布団の中の暖かさが一段と幸せに感じられて

よく眠ることもできた。

 

 

今朝は寝坊もして

家事の始まりが遅くなったのにもかかわらず

できていないことがあるのにもかかわらず

家族がそれぞれ自主的に 静かに滞りなく動いている。

 

 

いつもより遅れて玄関のたたきを拭いている時

涙がこみ上げてきた。

 

 

わたしは最近、

時間の使い方やペースを変えた方がいいと

感じていてなかなかうまくいかないことに焦っていたが

まず必要だったのは幸せを味わう時間だったんだと実感した。

 

 

現実を見たら、

自分の不安や頑なな気持ちに動じたり

孤独な時間は変わらなかったりするけれど

 

 

外側がどう見えるかも

自分の意識のありようであり、

こうして変化を感じることもできるのだから

見えない自分の内側を観て、愛し、潤し

エネルギーを注いでいたら良いのだろう。

 

 

自分に余裕がなくなって苦しくなった時はもちろん

普段からその方がきっと良いのだろう。

 

 

今は慣れていないけど

増やしていくことはできる。

 

 

理由は

今、心から笑えているからだ。